大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 平成3年(オ)1765号 判決

上告人

株式会社トキワ

右代表者代表取締役

加藤絹子

右訴訟代理人弁護士

本島信

被上告人

佐藤不動産株式会社

右代表者代表取締役

佐藤秀夫

右訴訟代理人弁護士

髙﨑英雄

主文

原判決を破棄する。

被上告人の控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人本島信の上告理由第一点について

一本件は、被上告人に金員の支払を命じる確定判決につき、民訴法四二〇条一項三号の事由に当たる事実があるとして被上告人によって申し立てられた再審事件である。被上告人は、同号の事由に当たる事実として、右確定判決が被上告人の代表者であった者において、自己の利益を図るために上告人と通謀して、上告人に準消費貸借契約に基づく元本等の支払を求める訴えを提起させ、真実に反して請求原因事実を自白したことによって得られたものであることを主張する。

原審は、会社の代表者が自己又は第三者の利益を図る意思で会社の代表者として訴訟行為をした場合において、相手方が右代表者の意思を知り又は知り得べきであったときは、右代表者の訴訟行為につき必要な授権が欠けていたのと同視することができ、このような事情の下に成立した確定判決には同号の事由があるものと解すべきであるとし、前記の被上告人の主張事実を同号の事由に当たるものと判断した。そして、原審は、被上告人の主張事実を同号の事由に当たらないものとして本件再審の訴えを却下した第一審判決を取り消した。

二しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

訴訟の当事者である株式会社の代表者として訴訟行為をした者に代表権があった場合には、右代表者が自己又は第三者の利益を図る意思で訴訟行為をしたときであっても、民訴法四二〇条一項三号の事由があるものと解することはできず、この理は、相手方において右代表者の意思を知り又は知り得べきであったとしても同様である。けだし、株式会社の代表者は、法に特別の規定がある場合を除き、当該会社の営業に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有する(商法二六一条三項、七八条一項)のであり、その代表権限は、右代表者の裁判上の行為をする際の意思又は当該行為の相手方における右代表者の意思の知不知によって消長を来すものではないからである。

三そうすると、右と異なる原審の前記一の判断には、民訴法四二〇条一項三号の解釈適用を誤った違法があり、右違法が判決に影響することは明らかである。この趣旨をいう論旨は理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、右に説示したところによれば、被上告人の本件再審の訴えを却下した第一審判決は相当であり、被上告人の控訴は棄却すべきものである。

よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条一項、九六条、九八条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小野幹雄 裁判官大堀誠一 裁判官味村治 裁判官三好達 裁判官大白勝)

上告代理人本島信の上告理由

第一点 再審高裁判決(以下たんに原判決という)は、「株式会社の代表取締役が、自己の利益のため会社の代表者として法律行為をした場合において、相手方が右代表取締役の真意を知り、又は、知り得べきであったときは、右法律行為は、その効力を生じないものとされているが(最高裁判所昭和三八年九月五日判決、民集一七巻八号九〇九頁)、……法律行為のみならず訴訟行為にも及ぼし得るものと解される」として「株式会社の代表取締役が自己の利益のため(第三者の利益のためを含む。)会社の代表者として訴訟行為をした場合において、相手方が右代表取締役の真意を知り、又は知り得べきであったときは、右訴訟行為につき右代表取締役には右会社を代表する権限がなかった。すなわち、必要な授権が欠けていたと同視することができるのであり……民事訴訟法四二〇条一項三号の再審事由がある」として、無権代理の場合を準用しているが、この判断は、「判決に影響を及ぼすこと明かなる法令の違背」があり取消を免がれない。

終局判決が確定して訴訟手続が終了した以上、その判決を尊重しなければ紛争の解決は得られず、訴訟制度の目的は達成されないことは明らかである。

これに対して、再審は確定した終局判決に対して、民事訴訟法四二〇条に列挙されたその訴訟手続に重大な瑕疵があったことや、その判決の基礎たる資料に異常な欠点があったことを理由として、その判決の取消と事件の再審判を求める非常の不服申立の方法であり、前述の訴訟制度の目的からして、再審の不服の理由としては、民訴法四二〇条に列挙された事由を主張する場合に限定してのみ、許されるべきものである。

それ故に、民訴法四二〇条一項三号の再審事由について、不当な拡大解釈や、同事由の勝手な準用は許されない。

民訴法四二〇条一項三号は「法定代理権、訴訟代理権又ハ代理人カ訴訟行為ヲ為スニ必要ナル授権ノ欠缺アリタルトキ」とあり、法人の代表者として訴訟追行した者に代表権がなかった場合には、同号の「代理人カ訴訟行為ヲ為スニ必要ナル授権ノ欠缺アリタルトキ」に該当するとされているが、本件において、被上告人の確定判決当時の代表取締役が、佐藤悌二郎であったことについては争いのない事実であり、同人に訴訟行為を為すのに必要な授権がなかったとは到底いえない。

すなわち、原判決は、株式会社の代表取締役が内心に動機の違法を有して訴訟行為をしたとき、相手方がこれを知り又は知り得べき場合には、その代表者には、訴訟行為を為すに必要な授権がないとしている。

しかしながら、訴訟行為は、私法上の意思表示とはっきりと性質が異なり、一定の法律効果が直ちにこれに結びつくものでなく、裁判所の裁判を求め、又はこれを基礎づけるものであり、またそれに止まるものであり(三ケ月章 民事訴訟法二六八頁、法律学全集)、原判決は、このように私法上の意思表示と異質な訴訟行為に、あえて私法上の論理をあてはめようとするものであって不当である。

例えば、原判決の立場では、株式会社の代表取締役が内心に動機の違法を有していながら、訴訟行為としての現象面では、相手方と争っていた場合であっても、相手方が内心に動機の違法を有していることを知り又は知り得べき場合には、代表者に授権の欠缺があるということにならざるを得ない。訴訟行為の現象形態では、係争状態であっても、なお当事者の内心の状態を問題にする点で訴訟法律関係上、手続の円滑な進行が損われるだけでなく、相手方は極端に手続上の地位が不安定な状態になる(馴れ合い訴訟問題は、別に解決手段がある)。

さらに、原判決の立場では、株式会社の代表者が内心に動機の違法を有していたときは、再審申立があれば、必ず、相手方についての主観的状況である知り又は知り得べきであったか否かについて調べたうえで、再審の判断をせざるを得ないことになり、これは、確定した終局判決を得ている相手方の立場を極めて弱いものにすることになる。

しかも、相手方が株式会社の代表者の内心に悪意の動機があることを「知り得べき場合」も含めるという原判決の結論は、私法上の論理と訴訟行為の論理を混同させた暴論以外の何物でもない。

もともと当事者である法人の代表者として訴訟行為をする者が法人を代表する権限を有するかどうかについては、訴訟要件であり、しかも強度の公益性を具有するものであるから、裁判権の有無と同様に職権探知事項であり(菊井維大・村松俊夫 民事訴訟法I四一五・四一七頁)、したがって、裁判所は法人を当事者とする訴の提起を受けたときは、訴状に法人の代表者として表示された者が法人を代表する権限を有するかどうかについては、当事者の提出した登記簿抄本等以外の資料についても証拠調をしたうえ、代表者として表示された者が訴訟上の代表権限を有する者であるか否かを判断すべきこととされているが、原判決の結論からすると当事者双方の主観的事情も代表権限の有無を決定するうえで職権探知事項にならざるを得ず、不当な結論といわざるを得ない。

このように、主観的な事情が再審事由になり得ないという結論によっても、法人にとって決して、不当な結論にならない。法人の代表者は法人内部構成に属するものであって、仮りに代表者に背任的事実があった場合でも、法人が代表者を相手に損害賠償請求をして解決すべきであり、その意味で法人にとって何等不都合な結論になり得ない(また、仮りに代表者が背任的行為をする恐れがあるならば、事前に代表取締役職務代行選任などの対向手段があり、法人にとって、不利益な結果にはならない)。

したがって、原判決のように、民訴法四二〇条一項三号の再審事由をみだりに認めるのは、訴訟行為についての代表権限の法律の解釈を誤ったものといわざるを得ず、民訴法三九四条にいわゆる「判決に影響を及ぼすこと明かなる法令の違背」があり、かつ理由不備の不当がある。

第二点、第三点 〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例